篠屋の三代目 善則社長ものがたり

IMG_2247こんにちは。
篠屋木材工業株式会社
代表の鬼澤 善則(おにざわ よしのり)です。

真壁町ではじまった100年続く材木店・篠屋の三代目として、このつくばの地に移り住み早や30年、地域のみなさまの家づくりに携わってまいりました。これまでの篠屋の歴史と私の生い立ち、三代目として先代から受け継いだもの、息子である四代目へ受け継ぐもの、支えてくれるお客さまへの想いなどを、僭越ながらお話させていただきたいと思います。少々長い文章になりますが、最後までご相伴いただければ幸いです。

 篠屋の歴史

篠屋は、大正5年(1916年)に創業者である鬼澤 芳が、木材製材業として真壁郡真壁町(現桜川市真壁町)で「篠屋材木店」を興したのが始まりの、まもなく100年を迎える会社です。

鬼澤家の先祖は、真壁城の城下町、当時の樺穂村(現桜川市真壁町)で代々地主を務めていました。

昔は近隣に銀行などがなく、小売貸などもしていたそうです。昭和に入り太平洋戦争の最中、軍事用納材組合の組合長となり、国家に製材品の納材をするようになりました。

終戦後、農地解放でほとんどの田畑を手放した後は、木材商に専念するようになりました。長男・次男が病弱だったため、三男である父が、篠屋の二代目として後を継ぐことになりました。その後、四男の叔父がつくばに「篠屋材木店 筑波店」を開いたことが、今の篠屋木材工業への足がかりとなりました。

 父に連れられ材木市場へ

昭和30年(1955年)、私は実家のある真壁町で、2人兄弟の長男として生まれ育ちました。小さい頃はやんちゃで活発な子どもでした。お寺の幼稚園に通っていたのですが、母に連れられ幼稚園に行ったはずが、お墓の裏道を通って母より先に家に戻り、素知らぬ顔でおやつのスイカを食べていた、などというエピソードもありました。

乗り物が大好きで、筑波山のふもとの落ち葉の森を“背負い子”に乗って滑り降りたり、小学校では自転車の競技会に出場したりもしていました。また高校から始めたスキーは、今でも続けています。私が子どもの頃、ちょうど筑波スカイラインの建設の真っ最中で、工事現場の足場に使う木材は篠屋が納めていました。父に連れられ、遠く東京の練馬市場や、埼玉の吹上市場まで材木の仕入れについて行っていました。

建築の道へ


高校までは地元で過ごしましたが、大学は県外に出て、日大生産工学部の建築工学科で建築や設計を学びました。学生の頃、建築史の授業で海外の様々な建物を学び、いつかこの目で見てみたいと思ったものでした。大学卒業後は設計事務所や工務店を経て、その間に一級建築士の資格も取り、26歳の時に篠屋に戻って真壁町の材木店の仕事を手伝うようになりました。

心機一転、つくばで住宅を

3結婚してしばらくは妻と共に材木店を手伝っていましたが、このまま材木店だけやっていたのでは先細りになるのでは…という危惧が常にありました。当時、つくばの開発が進んでいて、これから発展していく地域になるだろうということで、叔父がつくばの材木店を閉じる際に、思い切ってつくばに移り住宅事業を始めることにしたのです。母の実家が近くにあり、「よしちゃんとこで、やってくれるって」と親戚からの引き合いもいくらかありました。

ひとつの大きな家族のように

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つくばに移ったばかりの頃は、とにかくがむしゃらに働きました。朝4:00に起きて7:00頃まで図面を描き、昼は現場を見てまわり、夜はお客さまのところで打合せ、帰宅は深夜遅く…という毎日でした。人手が足りず、妻にもチェーンソーで丸太を切らせたりしていました。きっと妻の実家のご両親は「エライところに嫁にやってしまった」と心配していたことでしょう。その後、昭和57年(1982年)に一級建築士事務所として事務所登録し、昭和61年(1986年)に社名を篠屋木材工業に改めました。当時は自宅兼事務所で、事務所の裏が自宅だったのですが、仕事が終わると職人さんや社員たちと一緒に夕飯を食べたり、まるで大きなひとつの家族のようでした。

心魅かれる数寄屋建築との出会い

私は古都・京都が好きで、京都に多い数寄屋建築の繊細な美しさに心魅かれます。宮大工の故菊地安冶氏の建てる寺社・仏閣などの建物を見て、「素晴らしいなぁ」と思ったのが数寄屋建築に魅かれたきっかけです。この辺りは入母屋造りの家が多いのですが、伝統的な数寄屋建築がもっと増えるといいなと思っています。真壁町にある実家も、以前は店に座敷があって、帳場があって…と時代劇に出てくる呉服屋のような造りの家でしたが、古くなったので数寄屋造りの家に建て替えました。個人的にはとても気に入っている建物です。

「人と人とのおつき合いの中で積み重ねていく家づくり」

4篠屋では“人と人との繋がり”を大切にしています。お客さまだった方が、家づくりを通じた長いおつき合いにより、いつしか親しい友人のような、親戚のような関係に変わっていきます。私たちを信頼して任せて下さる方が多く、お客さまにも恵まれたのだと思います。「人と人とのおつき合いの中で積み重ねていく家づくり」こそが、私たち篠屋の社員全員が最も大切にしているものです。

震災で学んだこと

東日本大震災の時、お客さまのお宅が被害に遭われました。毛布もない、シートもない、ホームセンターに行っても何もないという状態でしたが、社員一同休日を返上し、一丸となって現場対応にあたりました。又、取引先の所長さんたちが心配して営業所から必要なものを持ってきてくれましたので、お客さまも大変喜んで下さりとても助かりました。社員を含め協力業者など、皆がお客様のためにすぐに駆けつけてくれたこと、損得でなく動いてくれたこと、本当に嬉しくありがたい思いでいっぱいになりました。

地元つくばでの繋がりを大切に

5震災以降、地域での繋がりをより大事にしたいと思うようになりました。当時はあまり熱心に活動していなかった青年会議所やロータリークラブなどの仲間も、困った時に相談したり、情報をもらったりと今でも交流が続いています。地域活動に参加していたおかげで、人と人との繋がりができました。お客さまとも大きな親戚みたいな感じでお付き合いできたらと思っています。困った時に、ちょっと相談できるような間柄でいたい。正直に、見栄を張らず、肩肘張らないお付き合いをしていきたいです。

住宅は一生のおつき合い

今では中堅社員が中心となって、いろいろとやってくれています。昨年からは息子も戻ってきて、ようやくひと安心といったところです。材木屋だけだったら、大工さんに「これからはよそで買ってください」とお願いすれば済む話ですが、住宅は住んでいるお客さまがいます。住宅というのは、建てた人にしかわからないこともたくさんあります。お客さまが資料をお持ちでないこともしばしばあり、仮にお持ちだとしても、現場での変更などが入り図面と現状が違うことも多々あります。途中で廃業してしまったら、お客さまが困ってしまいます。私たち、家づくりをする者には、お客様の家を守り続ける責任があるのです。だから簡単にはやめることはできません。そういった意味でも後を継いでくれる息子がいるというのは心強いです。

「早く家に帰りたいなぁ」と思うような“あったかい家”を

これからも「人と人とのおつき合いの中で積み重ねていく家づくり」を大切に、篠屋が得意とする分野を伸ばしていきたい。流行を追いかけるのもいいけれど、それよりも自分たちの得意とする家づくりを極めていきたい。篠屋が目指す家づくりは、「早く家に帰りたいなぁ」と思うような“あったかい家”。まるで童話『北風と太陽』の太陽のように、寒く厳しい北風から家族を守り、大きくあたたかく包み込む家をつくりたい。

人に恵まれて

篠屋は社員の入れ替わりも少なく、人には本当に恵まれたと思います。今までは設計のスタッフが30代で最年少でしたが、息子が戻ってきて新しいことにも色々とチャレンジできるようになりました。息子は数年間、企業に勤めていたので、良い意味で新しい風を起こしてくれていると思います。上の社員も「これでいいんだ」と思っていたことが、外では通用しないこと、自分たちは恵まれていたのだということを認識したようです。自分も含め、社内に「変わらなきゃ」という意識が芽生えてきたように思います。ただ強制的に「変わらされる」のではなく、自分たちの自発的な意識によって変わっていきたいと考えています。

これからの篠屋

息子には、「自分の好きなようにやればいい」と言っています。私がつくばで住宅を始めたときも、父はいっさい口出ししませんでした。お金のことはきちんとしないとなりませんが、それ以外は好きにやればいいと思っています。私も、若い人たちのやることに、なるべく口を出さないようにしています。少しずつですが若い人たちに任せて、バトンを渡していきたいと思っています。

時代と共に、篠屋も変化していかなければと思います。二代目の父は材木屋を、三代目の私は住宅を手掛けました。刻々と時代が変わる中、同じ商売をやって代々続いていくのは難しいのかもしれません。材木屋だけをやっていたら、とうの昔につぶれていたことでしょう。古いものを大切にしつつも、常に新しいものを取り入れて変化していく会社であってほしいと思います。

お客さまへのメッセージ

困ったことがあったら、家のことに限らず何でも頼ってもらえるように、お客様にとって篠屋が、古くからの友人または親戚のような存在になれたら嬉しいです。たとえば「近所で美味しいスイカどこに売っていますか」なんていう些細なことでも聞いてもらえるように、みなさまにとって身近な工務店を目指してまいります。これからも末永いお付き合いをお願いいたします。

 

 代表取締役 鬼澤 善則(おにざわ よしのり) プロフィール

【名前(ふりがな)】鬼澤 善則(おにざわ よしのり)
【誕生日】1955年3月28日生まれ おひつじ座
【血液型】A型【出身】桜川市真壁町
【資格・特技】一級建築士、一級施工管理士、宅地建物取引主任者、スキー、ドライブ、サイクリング
【お休みの日は何してる?】
夕方、筑波大の構内を1時間ほど散歩するのが日課です。植木がいっぱいあって、山の中を歩いているような感じが好きです。一時期、ローマやスペインなどヨーロッパの建物を見るために、海外旅行によく行っていました。研修で妻と二人で参加した後、子ども達にも見せたくて家族で再び訪れたりもしました。補修する前のサクラダファミリアの、石を組み立てて造っているところは特に素晴しく、印象に残っています。

 

→ 息子 鬼澤一浩の物語 「篠屋の4代目 カズヒロものがたり」はこちらをクリック

 


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