篠屋の四代目 カズヒロものがたり

IMG_2226はじめまして。
篠屋木材株式会社の
鬼澤 一浩(おにざわ かずひろ)です。

代々受け繋がれてきた篠屋の先代、先々代の想いを受け、私が四代目として篠屋で働くにあたり、簡単ではありますが、私の生い立ちと、ここに至るまでのいきさつをお話させていただきます。こんな家づくりをしていきたい、こんな風にお客さまとおつき合いを続けていきたい、そんな私なりの「人と人とのおつき合いの中で積み重ねていく家づくり」についてお伝えしたいと思います。少し長くなりますが、おつき合いいただければ嬉しく思います。

泣き虫だった子ども時代

1私は篠屋の四代目として、つくば市で生まれ育ちました。姉と妹に挟まれた3人兄弟のまん中で、小さい頃は泣いてばかりいる内気な子どもでした。幼稚園に行くのが嫌で、朝、幼稚園の迎えのバスが見えると泣きはじめる、なんてこともあったそうです。小学校では、クラスやチームをまとめるのが好きで学級委員をつとめたりもしました。友達や近所の方から「篠屋の息子」なんて呼ばれたりして、自分が篠屋の跡継ぎだということはどこかで意識していたように思います。

初めての建築現場

2初めて建築現場に行ったのは高校生の時、父から「バイト代やるから行って来い」と言われ、現場掃除をしたのがきっかけです。筋交が斜めに綺麗に入っている様子など、初めて見る現場に「家ってこうやって出来るんだ! 家づくりってすごいな!」と感激したものです。お客さまが希望されるちょっとした棚など、似たようなサイズのものをどこかで買ってくるんだろうなぁと思っていたら、大工さんが魔法のように何でもササッと作ってしまうんです。「なるほど、こうやって作れるんだ!」と感心することしきりでした。

進路選択を前に

中学3年生の時、将来どうするのか父に聞かれた際、「篠屋を継ぐ」と言ったらしいんです。らしい、というのは、実はそのときのことをよく覚えていないんです。高校3年生になって、いよいよ進路を決めなければという時になり、本当は音楽の学校で歌の勉強をしたかったのですが、「お前、篠屋を継ぐって言っただろう」と父から言われまして、それで建築の学校に行くことになったんです。

とはいえ、建築をやることが当たり前という感じもあったので、さほど抵抗はありませんでした。今こうして、朝起きて現場に行くのが当たり前のように、自分にとっては普通のことだったんです。たしかにレールの上を進んではいるけれど、進みながら色んなことをやっているという感じです。

父と同じ建築の道へ

大学は父と同じ日大生産工学部の建築工学科に進学したのですが、入学してから「エラいところに来てしまった」と後悔しました。なぜなら建築工学科には、当り前ですが建築がすごく好きな人ばかりが集まってくるからです。友人に「休みの日、何してたの?」と聞くと「○○さんの設計した建物を見に行ってた」って、休みの日まで勉強してるんですよ。「えーっ、スゴイなぁ」って、正直、その熱意には敵わないと思いました。

大学では音楽イベントの企画などにも携わりましたが、そこで得たものはやはり「人と人との繋がり」。イベントを通じて、たくさんの人と繋がって、その輪が広がっていくことが何より楽しかった。自分が関わったイベントで、来てくれた人たちが楽しそうにしているのを見るのも嬉しかったですね。

大学3年生で就職活動を始める際、建築学部だけど設計にはあまり興味がなく、周りの友人から「営業向いてるんじゃない」と言われ、自分もやるなら営業をやりたいと思い就職活動をしました。
ルート営業などではなく、エンドユーザーのお客さまと直接関わることができる仕事をしたいと考えていました。いずれ社長である父が経営する篠屋に戻ることも、もちろん頭の隅にありました。ハウスメーカーなど何社か受けましたが、最終的には建築資材を扱う代理店に就職することに決めました。

「担当が鬼澤さんだから買いました」

入社後、配属されたのは分譲マンションの販売をする都内のモデルルーム。最初の頃はなかなか売れず、正直辞めようかとさえ思っていました。そうして、ようやく1戸売れた時、お客さまから担当が「鬼澤さんだから買いました」と言われたことは、いまだに忘れられません。

上司からも「俺らの売っているものはフェラーリより高いもの。ローンを組んで、ずっと付き合っていくものなのだから、どうしたって売る側の人間性が問われる。もっと人間性を磨いた方がいい」と言われました。

確かに、コンビニの店員さんの態度が多少悪くても商品を買わないということはないですが、家となるとそうはいかない。商品のいいところを伝えるだけでなく、お客さまのお話も聴いて、その上で、その願いにどう応えられるか、できること・できないこと、いいこと・悪いことも含めて、表裏なくお伝えすることが大事なのだと学びました。

「オニに任せておけば大丈夫」

入社3年目にして、販売チームのサブチーフを任されることになりました。尊敬する上司に「同期と比べてないで、もっと上を目指せ!」と言われたことも原動力になりました。
それまであまり上の人に叱られたことがなかったのですが、彼は自分のことを全部受け止めてくれた上で、初めてちゃんと叱ってくれた人でした。「お前、そういうとこ直せよ」と言われても、「何言ってんだよ」と不服に思うこともなく、「チーフの言う通りだな」と素直に耳を傾けることができました。上司に「オニに任せておけば大丈夫」と言われ、身を粉にして「この人のためにがんばろう」と思ったものです。期待と共に責任を与えられたことが、とても嬉しかったのです。

入社4年目に入り、マンションだけでなく戸建ても経験してみたいと、神戸に転勤し戸建販売をしていたところ、社長から「もうそろそろ帰ってこいよ」と声がかかり、ちょうど子どもが幼稚園に入るタイミングだったので、いい機会だと思いつくばに帰ることに決めました。約4年にわたる会社生活でしたが、貴重な経験をさせてもらい、本当にお世話になりました。人間としても、社会人としても、育ててもらいました。

篠屋に戻ってきたものの…

篠屋に入社してしばらくは、前の会社と比べて「ああだ、こうだ」とかなりうるさかったと思います。「なんでトイレットペーパーを三角に折ってないんだ!」とか(笑) 大きな会社と篠屋を比べて、あそこがダメ、ここが足りない、ウチはなんにもできてない…と、そんなとこばっかり見ていたんです。でもある時から、「ああだ、こうだ」言っているだけじゃダメだなと。篠屋のいいところ、小さな工務店ならではの良さに、もっと目を向けようと思うようになりました。大きな会社の真似でなく篠屋にしかできないことをしようと心がけるようになり、少しづつですが会社になじんでいくことができました。

温度差をなくしたい

全国展開の大手ハウスメーカーでは、営業担当が転勤になったら、打合せが途中でも後任の担当者に引き継がれて「はい、さようなら」で、人間関係もまたゼロからのスタートです。篠屋の家づくりではそういった温度差をなくしたい。篠屋はつくばでずっとやっている会社だということを、こうしてスタッフ自ら顔を売ることで、お客さまに安心してもらいたいんです。たとえば、「ここに棚をつけたい」「もっと収納が欲しいんだけど」なんてことを、担当に気軽に言ってもらえるように。そうやって、お客さまと信頼関係を築いていきたいです。

安心して任せられる工務店に

「安心して誰かに任せられる」ということは、とても大切なことだと思っています。車に例えると、いつも同じ整備工場で、愛車のことをよく知っている整備士さんにオイルチェックやブレーキ交換をお願いする方が、初めてのところに持ち込むよりも安心です。家も同じ、木材の品質は一定だけれども、気候や土地の条件など、その家ごとの“クセ”みたいなものを、いちばんよく知っているのは、やはり建てた工務店です。これからも「篠屋さんなら安心して任せられる」と思ってもらえる工務店であり続けたいです。

息子として、四代目として

ひとりの息子として父である社長を見たとき、例えば人の話を全然聞かないところなど「ああはなりたくない」と思うところもあるけれど、妻から「あなたは人の話を聞いてない」と同じことを言われるので、自分も父と似たようなところがあるんだな、やっぱり親子なんだなと思います(笑)

とはいえ、篠屋に入る前と入ってからでは、父である社長に対する印象が良い意味でだいぶ変わりました。入社してから「社長はこんな男だったのか!」という部分がいろいろと見えてきました。社長が何年も前に建てたお客さまのお宅に伺うと、「息子さんが来てくれた」と我がことのように喜んでくださいます。そういうのを見ていると、「ウチの親父はしっかりしてるんだな」と誇らしく感じます。

お客さまからの評価が高いことはプレッシャーでもありますが、父が築いてきたおつき合いを自分の代で絶やしてはならない、自分も誠心誠意頑張って、先代である父を越えていきたいと思います。

お客さまを大切にしつつ、新しい風を

篠屋はベテランの社員さんが多いのですが、昔からのお客さまを大事にしつつ、私たち若手社員が新しいものをつくっていかなければと思っています。「20年後も、30年後も篠屋は元気でやっています!」ということを、ホームページや情報誌『ひまわり』などでお客さまにも感じてもらえていると思います。新しいことをやるにはそれなりにリスクもありますが、ただ同じことをやっていてもしょうがないという危機感もあります。守るべきところは守って、攻めるところは攻める。何かひとつでも、先代を越えていきたいと思っています。

これからの篠屋

20年後、30年後、篠屋はどんな会社になっているか、ということはよく考えます。できれば、お客さまが気軽に電話できるような会社でありたい。この前も、お客さまから「畑にまきたいから、おが屑が欲しいんだけど…」なんていうお問合せがあって、そんな風に何かあったら「まずは篠屋に相談してみよう」と思ってもらえる会社にしたいです。

私自身、まだまだこれからの部分もありますが、温かい目で見守っていただければ嬉しいです。これからも末長いおつき合いを、何とぞよろしくお願いいたします。

もっと知りたい人は「鬼澤 一浩(おにざわ かずひろ)スタッフ紹介」へ~

 

→親父 鬼澤善則の物語「篠屋の3代目社長ものがたり」はこちらをクリック


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